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御所が、満開の桜に包まれる頃。今上帝が、桜の宴を催した。
私は今上の第二皇子として産まれた。様々な理由から、父帝のご配慮で源の姓を賜り臣下に下ったが、その事で父帝をお恨み申し上げたことは一度も無い。むしろ私が大人になっても細やかにお気遣いくださるお優しい父上であった。 父帝の命で、宴を取り仕切る実質上の責任者になった私は、敬愛する父帝の御ため、また、長年密やかにお慕い申し上げている義母、藤壺の宮の御ために、心を尽くして準備をした。 幸い宴は大盛況となり、主上や東宮様からもお褒めの言葉を頂戴し、この日ばかりは私も美酒に酔いしれた。こんなに気持ち良く酔ったのは、本当に久しぶりのことだった。 酔いに任せて、風流な春の朧月に誘われるがままに、私は御所をそぞろ歩く。 無意識に藤壺に足が向かった。 ほのかにあの方のお声でも漏れ聞こえないかと思ったが、慎み深いあの方のこと、格子はぴったりと下ろされ漏れる灯りの一つもなく、すでにお休みになられたようだ。 もとより軽々しく隙をお見せになる方ではないと知っていたが、届かぬ想いはやはりもどかしく、酔いも手伝って私はまたそぞろ歩く。 ふと、半開きの扉が目に入った。不用心な、と思ったが、興を覚えてふらりと中に入ってみる。 人気の無い廊下には格子の隙間から朧月がのぞき、ひそやかな灯りを提供していた。 ここはどこだろう。 先ほどの藤壺の方角からすると、弘徽殿のどこかだろうか。 弘徽殿の女御は、かつて更衣だった私の母と今上帝の寵を争った間柄だ。そして右大臣家の出である。 自分を差し置き今上帝の寵愛を一心に集めた憎い更衣の息子で、政敵・左大臣家の姫を正妻に迎えた私を、弘徽殿側の方々が快く思っているはずがなかった。 姿を見咎められたら、面倒だ。外に出ようとした時、衣擦れの音がした。こちらに向かいながら、御歌を口ずさんでいるようだ。『朧月夜に似るものぞなき…』そう聞こえた気がした。綺麗な声だった。 どんな女だろう。私は廊下の陰から様子を窺う。まだ年若い、華奢で雅やかな、華のある娘だった。隠れている廊下の隣の局が空いていた。娘との距離が近くなる。私はさっと姿を現すと、すらりと娘を抱き上げ空いた局にすべり込んだ。 咄嗟のことに驚いて声も出せなかった娘だったが、局に連れ込まれると事態を把握したのか、助けを呼んだ。 「誰か、誰か来て…」 私は後ろから娘を抱きしめ、手で口をふさぐ。あくまで怖がらせないように、そっと。 「助けを呼んでも無駄ですよ。あなたも、恥をかきたくはないでしょう?私はね、何をしても許される身なんです。」 それだけで、娘は私が誰なのか察したようだった。抵抗はせずに、袖で半分顔を隠してゆっくりと振り返る。 「では、これから何をなさるというの?」 「どうしようか。すっかり酔ってしまっていてね。宴のふるまい酒と、美しいあなたに。」 「お世辞がお上手ね。あなたこそ輝くばかりにお美しいのに。でもお世辞でも嬉しいわ。」 PR |
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