のだめはゆっくりと目を開けた。
その目には、溢れるほどの涙が浮かんでいる。
のだめが首を振ると、その一滴が滑らかな曲線を描く頬に伝った。
「ヤ…です……先輩が痛いの、ヤ……」
「…………。」
千秋は胸を突かれて言葉に詰まった。
久しく忘れていた感情が込み上げてくるのを感じる。
口を開けば、嗚咽が漏れてしまいそうなほどに。
それほど、いじらしいのだめが……愛しかった。
「…………バカ、我慢するんじゃねぇって……」
言いながら、こんなにものだめを痛めつけてまでセックスをすることに、疑問すら感じてくる。
「…無理に、しなきゃいけないものじゃ…ないんだぞ……」
千秋はのだめの肩に顔を埋めた。
じわりとにじんだ温かいものが、自分のほほからのだめの肩を伝っていくのがわかる。
……オレ、泣いてるのか……?
「……先輩」
それは、いやにはっきりとした声だった。
「先輩、がんばってくだサイ。のだめ…がんばってるんデスから、先輩もがんばらなきゃだめデスよ?」
■■32
今しがたの痛みを耐え抜く声とは明らかに違い、凛とした響きさえも持っていた。
のだめは、千秋の背中にまわしていた手を引き寄せ、千秋の頭をそっと撫でてやった。
「のだめは、先輩ともっと一つになりたいんデス……」
…またこの感じだ。
千秋は思った。
自分がのだめを抱いている筈なのに、逆にのだめに抱かれているような感覚。
のだめは、自分が思っているほど弱くないんだ、そう思った。
…でも、だからこそ、守らなければ。大事にしてやらなければ……。
「…いいんだな」
千秋は自分にも言い聞かせるようにゆっくりと言う。
「先輩がいいんです」
「男のオレにはわからないけど、多分これからもっと痛いぞ…?」
それは賭けだった。
わざと怖がらせたいわけではない。苦痛を与えたいわけではない。
でも、今こんなに痛がっている以上、それは事実なのだ。
もしのだめが少しでも躊躇するようなら、何も急ぐ必要なんかどこにもないのだ。
…自分さえ我慢して、待ってやればいいことだ……。
しかしのだめは、はっきりと頷いた。頷いて、千秋の瞳を見つめた。
お互いに、涙をためた瞳。蛍光灯の光に反射して、キラキラ光った。
千秋もまた頷き返すと、のだめに口付ける。
この上なく優しく。
そして、また少し腰を押し進めた。
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