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受け答えの一つ一つが私を魅了する。娘は、特に私に媚びているつもりではないのであろう。しかしその容貌も肢体も、言葉も表情も、全てが男を惹きつけてやまない魅力に満ちていた。
夜明けが近づいていた。 遠くで人が起き出す気配もする。もう時間の限界だった。 手早く衣を整えながら娘に尋ねる。 「ねぇ、君は誰なの?このままでは終わりたくないな…名を教えてくれる?」 「あら。私への想いはその程度ですの?もし本当に私を欲しいと思ってくださるのなら、ご自分でお探しくださいな。名は…朧月夜とでも、お呼びくださいませ。」 「…わかった。いいだろう。せめて扇を取り替えよう。今夜の思い出に。」 扇を交換すると、私たちは別れた。 自邸に戻り、取り替えた扇を広げて娘に思いを馳せる。 池に映った朧月を描いた扇…。 やはりあそこは弘徽殿の殿舎の一角だった。ということは、宴の見物に来ていた弘徽殿の女御の妹姫たちの誰かである可能性が高い。 女房や、宮仕えの女官ではないだろう。この扇のしつらえもかなりのものだし、衣も上等な物を着ていた。なにより、手だ。小さくすべすべした、なよやかな手。あれは雑用をこなしている人間の手ではない。 あの姫は人妻ではなかった。弘徽殿の妹姫のうち、未婚の姫は五の君か六の君。美人と噂が高いのは六の君だが、だとしたら大変な事になる。 六の君は東宮に…私の腹違いの兄宮のもとに入内されることになっていたからだ。 確かめるすべは無いものか。ひとまず私は腹心の従者である、惟光を呼んだ。 「…で、弘徽殿の、何番目の妹か確かめろ、と。」 「頼むよ。」 「嫌ですよ。私が光る君の従者であることは、既にあちこちで面が割れてるんですから。弘徽殿なんかをうろついていて、万一咎められでもしたら、何て言い訳すればいいんですか。」 惟光は、乳兄弟の気安さで、私には遠慮なく物を言う。 愛嬌があり、どこに行っても可愛がられる得な性分の惟光は、私にとって心許せる数少ない人間の一人であり、また、とても優秀な家臣の一人でもあった。 「では仕方ないな。今回は良清に頼むよ。」 「…良清では、頼りのうございましょう。」 「なんだ。あれだけ嫌がったのに。行ってくれるのか?」 「良清は真面目ないい奴ですが、真面目なのが災いして嘘が下手ですからね。しどろもどろの言い訳じゃ、疑ってくれと言ってるようなものです。相手は弘徽殿の人間ですよ。」 「やっぱり惟光だ。頼りになるなぁ!」 「おだてたって、駄目です。首尾良くいかなくても、お咎め無しでお願いしますよっ!」 ぶつぶつ文句を言いながらも、すぐに惟光は出て行った。口は悪いが、やる事はやるのだ。いい男だ。 やがて戻った惟光は、迎えの車の数やしつらえ、見送りに集まった人間、更には顔見知りの従者同士のさり気ない世間話などから、私の探している姫が右大臣の五の姫または六の姫のどちらかであることを突き止めていた。 見事な手柄だ。 褒美を奮発してやらねばなるまい。 PR |
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