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夕霧が、あの時の約束を覚えていてくれたなんて。
ままごと遊びの延長のような約束。未だに私だけが密かに信じているとばかり思っていたのに。 夕霧も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、今までになく胸が熱くなり、夕霧の衣を強く引いた。 「私も嫌。夕霧が、ほかの姫を北の方にするなんて、絶対に嫌!」 「雲居の雁…」 「私の背の君は夕霧だけよ。ほかの公達を連れて来られるくらいなら、私、尼寺へ行くわ!」 思わず口をついて出てしまった、いつもの気の強い物言いに、ふと二人顔を見合わせ、笑ってしまう。 いつもの夕霧の笑顔。 優しい、けれど熱く潤んだ瞳が近づいてきて、そっと唇が重ねられた。 「…約束だよ。」 「…ええ。約束ね。」 約束を交わしながら、何度も唇を重ねる。 初めは、そうっと。 徐々に長く、長くなる。 柔らかで暖かいものが何度も押しつけられ、吸いつき、ちゅっちゅっと音を立てる。 苦しくなり、少し唇を離してはぁっ、と息を継ぐと、夕霧の手が私の首の後ろに回り、より深く口づけられ、唇の隙間から熱くぬめらかな物が入り込んできた。 「…んっ!」 初めての感触。 口中のあらゆる場所を確かめるように動き回り、私の舌を絡め取る。 初めは、ただの違和感だった。嫌な感触ではなかったが、刺激を受け続けるうち、とろけるような感触に変わりだんだん頭がぼうっとしてくる。身体の芯が熱くなる。 いつしか私も夕霧にしがみつき、積極的に舌を絡め、唇を吸いあい、夢中で貪りあっていた。 どのくらいそうしていたのか。 ようやく唇を離した夕霧が、少し荒い息をしながら、熱っぽい瞳で私に問いかける。 「約束、したよね。」 「ええ。」 「信じていいの?」 「もちろんよ。」 「ぼくを、大人の人と同じように好きでいてくれてる、ってことも?」 「ええ。」 「…じゃ、大人の人たちが…愛し合っている大人の人たちがする事、君としても、いい?」 「ええ、いいわ。」 この時、私は夕霧の言葉の意味をきちんと解ってはいなかった。 ただ、私の夕霧に対する真心と、夕霧の私に対する気持ちに嘘がないことは、解っていた。 夕霧を信じていたし、大切に思っていた。いつか北の方として迎えに来て欲しいと、真剣に願った。だから、夕霧が私に何をしても構わない。そう思ったのだ。 いいわ、と私が言うと、夕霧は顔を紅くしながら、私を寝間の奥へいざなった。 御簾を下ろし、集めてきた几帳をいく重にも立ててから、私の手を引き中に入る。 昼間とはいえかなり薄暗く、そして狭い。 胸が高鳴る。顔が熱い。 緊張のあまり立っていられず、私は夕霧にすがりついた。 PR |
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「ねぇ、ぼくのこと、好き?」
突然尋ねられ、驚いた。 夕霧の君。 世にも名高い、光源氏と呼ばれるお殿様をお父上にもつ、私の従兄弟。 父上が無実の罪で須磨に流されていた間、ここ、私たちのおばあさまである大宮様のお邸で一緒に育った。 私はお父様とお母様が離縁したため、おばあさまに預けられていたのだけれど、そんなお互い淋しい境遇のせいか、歳が近いせいか、私たちはとても気が合った。 夕霧は優しくて、賢くて。遊びも手習いも、夕霧と一緒なら楽しくて瞬く間に時が過ぎた。兄とも弟ともいえる、大切な存在。 お父上が京に戻られたため、夕霧はお父上のお邸に移ったけれど、おばあさまや私が寂しくないようにとしばしば遊びに来てくれていた。 今日も、さっきから一緒に絵巻物など眺めていたのだけれど、今日の夕霧は、来た時からどこか上の空で言葉少なく、菓子にも手をつけなかった。お腹の調子でも良くないのかしらと私は少し心配していたのだ。 「…好きよ?」 そんな事尋ねるなんて、変な夕霧。 小さい頃、結婚の約束もしたほどなのに。もっとも覚えてないかもしれないけれど。 考えていた事が顔に出ていたのだろう。普段声を荒げることなどほとんど無い夕霧が、珍しく苛立たしさを露わにした。 「そうではないよ!…あの、大人の、公達ように、ぼくのことを好きかって」 「夕霧の君?」 「お父様が、ぼくもそろそろ元服だと、そう仰ったんだ。」 元服… 貴族の子息が一人前の男性として世にお披露目される儀式。 親同士で決められた、しかるべき身分の姫が添い臥しとして選ばれる。 下賤な言い方をしてしまえば初夜のお相手で、たいていそのまま妻となる。 小さな頃の約束はともかく、私は夕霧以外の誰かと結婚するなど、その時まで考えたこともなかった。 夕霧の添い臥しは誰なのかしら。 私ではないだろう。 あの光る君の息子の添い臥しですもの。大臣の娘とは言え『雲居の雁』と呼ばれ、一族にはずれ者扱いされている私が選ばれるとは、とても考えられない。 夕霧の出世に役立つ、有力な方の姫君が… きっと美人で、手跡も綺麗で箏も上手で… いろいろな事柄が急に現実味を帯びてきて、思わずほろりと涙がこぼれた。 「ああ、泣かないで。ぼくから、お父様にはちゃんとお願いをするから。」 「だって…」 「どんなに身分の高い姫だって、宮様を賜ると言われたって、断る。ぼくには君だけだから。」 「だって…」 「小さい頃、約束したよね?」 「!!」 「それとも君は、ぼくが他の姫を妻にしてもいいの?そして君も、誰か他の公達の妻になるの?ぼくは、そんなのは嫌だ!」 |
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