……のだめに出会わなければ、こんな事になっていなかったのかもしれない。
あいつ、来ているだろうか。
聞いたかな、俺の音楽を……。
喜んでくれているだろうか。
「おめでとう!」
「メルシー」
楽屋への階段を下り、受け取ったタオルで汗を拭う。「おめでとうございます」
「え……」
千秋はその聞き慣れた声に顔を向けた。
「あの……サインください」
そこに、いた。
「一番でス」
鼻息荒く、ノートを差し出す。
「おまえ……早すぎ!!」
「ステージ出てくださーい」
1度目の挨拶の為ステージに再び立ち、戻ると、千秋はのだめの頭に汗を拭いたタオルを乗せた。
「す……すみません」
あきれた顔で、のだめの手からペンを取る。
全く……何を考えてる、こいつ。
「あの……それから」
千秋はキャップを取り、ノートへサインを走らせた。
「先輩このまえ、キス……しましたよね?」
「……」
「よく記憶に残ってないんで、もう一度お願いしマス」
のだめはそう言うと、目を閉じてねだるように唇を尖らせた。
千秋はその頬に、黙ったままぐるぐると落書きをたっぷりとしてやった。
「ステージ出てくださーい!早く早くー」
……『よく記憶に残ってない』だと?あのやろー、ふざけやがって。拒んだのはお前だろ。
再びステージに立ち、割れんばかりの歓声に答える。なんであんな、いつも通りに……あいつ、やっぱり馬鹿だ。アホすぎる。
そう思いながら、千秋は顔がゆるんでしまう。
あんまりに馬鹿で、どうしようもない程アホで……。
でも、そんなのだめが、そう、俺はのだめが……
階段を下りると、正面楽屋前にのだめを見つける。
愛しい。……愛しくって仕方がない。
顔を上げたのだめが声を発するより早く、千秋はのだめをその腕の中に強く強く抱きしめた。
今なら、素直に認める。
自分はのだめのピアノに惹かれつつ、本当はとっくにのだめに惚れていたのだという事を。
「せ……センパイ……はうぅ……」
もう、こいつを離したくない。きっともう離れられない。千秋は腕を緩めて、のだめの顔を見つめる。
うっとりと上気した頬に、落書きしたぐるぐるが不似合いで、思わず笑ってしまう。
「……ヒドイです!こんな落書きするなんてーー!!」
「ハハハ……来いよ。落としてやる」
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