「のだめ、お腹ペコペコですー。何か食べに行きましょ、先輩」
「そうだな。俺も飛行機に乗るために朝から何も食べてないんだ。一段落したらカフェに行こう」
「ぎゃはぁ、賛成!」
「…ところでお前、俺の部屋汚してないだろうな?」
「もちろんデス!!のだめ、がんばりました!!」
自室のドアを開けると、一ヶ月前自分が出かけて行った時の状態が保たれていた。
「へえ。綺麗じゃん…」
えっへん、とのだめは誇らしげに胸を張る。
「まさかこういうところに全部突っ込んでないよな?」
黒のロングコートを脱ぎながら、千秋はクローゼットを空けた。
中はきちんと整理整頓されたままだ。
「ぎゃぼ…!ひどいですネ。よく見てくださいヨ、ほらほら!」
続きの部屋へとのだめに引っ張られ、千秋は驚いた。
保たれているどころか、ダイニングテーブルには色鮮やかな切花が、窓辺には可憐な花を咲かせた鉢植えが置かれている。
「どーしたんだ、これ?」
「綺麗ですよねー。通りの花屋さんのお兄さんが、いつものだめに、ってくれるんですヨ」
「はあ~?なんで……」
「さあ、どうしてでしょうね?……それより、先輩……」
のだめは千秋の腕に、自分の腕をそっと絡ませた。
「一ヶ月ぶりなのに、まだキスしてくれないんですか?もう、誰も見てませんよ……」
いたずらっぽく千秋の顔を覗き込み、ふっくらとバラ色に染まった頬で囁いた。
その囁きに誘われるように、千秋はのだめに顔を近づけていく。
キス。
さっきからずっと待っていた、柔らかな唇。
甘い甘い、ヴァニラの香り。
腰に腕を回して軽く抱きしめると、そのうれしさにのだめは鼻を鳴らし、腕を千秋の首に優しく絡めていく。
ちゅっと音を立てて、唇を離した。
「……おかえりなさい」
「……ただいま」
片方の手でのだめの柔らかな頬を愛しげに撫でる。
もう一度深く……
「RRRRRR……RRRRRR……」
……不意な電話のベルに中断される。
あからさまな不機嫌顔で、千秋はのだめから離れて受話器を手に取った。
コンクール事務局からの電話に、千秋はバッグからシステム手帳を取り出し、スケジュールの確認をし始めた。
コンクール優勝者に与えられる一年間のプロモーション期間。
昨年のパリデビューの公演で成功を収めてから、ありがたいことにいくつかの楽団からオファーが来ている、という。
どうやら、この電話は長引きそうだ……。
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