千秋は何も言わず、自分の歩幅で歩いていってしまうので、のだめは腕を取られたまま小走りで後をついていく。
「……先輩……先輩ってば……」
背中が、怒りに満ちている。のだめにはそれがわかった。が、のだめには理由がわからない。
「何、怒ってるんですかーもーー……ぎゃぶっ!」
千秋が急に立ち止まるので、のだめは勢い余って背中に突っ込んでしまう。
「なんなんですか、もーー!!痛いデスよ!!」
「おまえ、なんなんだよ」
「なんなんだよ、って何の事デスか?」
「見ず知らずの男に手なんか握られて……隙がありすぎるのもいい加減にしろよ!」
「……あの人、花屋のお兄さんですよ?……カフェで会ったから話してただけじゃないですか!」
「……ちょっと知ってるからって、手も髪も触らせるのか、お前は」
俺以外の、別の男に。
「指が長いね、って言われてただけだし、今度お店に来てくれたらまたお花いっぱいあげるヨ、って……」
「下心見え見えじゃねーか、そいつ」
心がざわついて、頭が整理できない。
「ピエールはそんな人じゃありません!!」
胃のあたりで何かが渦巻いていて、むかむかして仕方がない。
「ふぅん……ピエールね……お前の貞操観念がどんなもんかわかったよ。モノくれるやつなら誰でもいいんだな」
違う、こんな事を言いたいんじゃない。
「峰にもあっさりなついてたし。俺のいない間に、別の男と何してたかわかったもんじゃな……」
びしゃり、と乾いた音が千秋の左頬に響いた。
「いってぇ……何すんだよ!」
「……ヒドイ……ヒドイです、先輩……」
瞳からは大粒の涙がいくつもいくつも溢れ、頬をいっぱいに濡らしてのだめはしゃくり上げる。
「いつもいつも、のだめ……ヒック、先輩の事、大好きで……ヒック、先輩の事だけ、いっぱい……」
「お、おい……そんなに泣くなよ……」
人目を気にして、千秋は泣きじゃくるのだめを宥めようと、腕を伸ばして抱きしめかけた。
「イヤ……!!」
伸ばした腕を払いのけ、のだめは強く千秋を拒否した。
「……嫌いデス、そんな先輩、ヒック、……大嫌いデス…………!」
その言い残して、のだめは背を向けて走っていってしまう。
千秋は引き留める事も追いかける事も出来ずに、しばらくただ呆然と立ちつくしていた。
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