こんなにも、恋に溺れきって……今は愚かな、ただの男だ。
「……お前を、愛してる」
受話器の向こうはずっと静かなままだった。
喧嘩する為に、パリへ戻ってきたわけじゃないのに……。
「…じゃあ、おやすみ」
のだめが何か言ってくれるのを待っていたが、受話器の向こうは無音だった。
名残惜しく受話器を耳から離した時、玄関のドアの開く音がした。
勢いよく部屋に入ってきたのだめは、一直線に千秋へ駆け寄り、抱きつき、涙でぐちゃぐちゃの顔をその広い胸にうずめた。
「のだめ……?!」
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、といいながら、まるで子供のようにしゃくりあげる。
「何でお前が謝るんだよ…悪いのは俺だぞ」
「…ぶったりして、ゴメンナサイ……」
「そうされてもしょうがないくらいひどいことを言ったよ」
のだめはぶんぶんと頭を横に振った。
「……嫌いなんて嘘デス…大好きです……」
嗚咽に震える肩を、千秋は優しく抱きしめた。
「うん…ごめんな……」
シャンプーの香りのする洗い立ての髪に、千秋は何度も口付けた。
愛しくて、ただ愛しくて。
「大好きなのは、先輩だけです。…ほんとデス……」
溢れてとまらないのだめの涙を、千秋は唇でぬぐっていく。そうして、柔らかな唇へとたどり着く。
優しく触れた後で、口全体で吸い込むようにのだめの唇を包み込み、自分の唇でのだめの唇のやわらかさを堪能する。
「…愛してる」
その言葉はまるで魔法のようで、先ほどの苦々しく渦巻いた感情は嘘のように消し去り、千秋の心の中をひたひたと暖かなもので満たしていく。
「頼むから、俺の知らないところで綺麗になっていかないでくれ…。こんなに自分が嫉妬深いとは思わなかったよ……格好わりーな、俺。余裕無くて……」
「もし、…もしものだめに変わったところがあったとしたら…それは全部先輩のせいですヨ……。だって、のだめはもう、この先ずっと先輩だけのものなんですから…」
のだめは千秋の腰に腕を回し、子猫が甘えるように身体を擦り寄せる。
「それに……どんな先輩でも、わたしは先輩のことが大好きデス……。
ヤキモチ焼きの先輩も、ちょっとカコ悪い先輩も。ずっとずっと前から、愛してマス……」
千秋を見上げるのだめ顔は、睫に涙が滲んではいるものの、もう既に泣き顔ではなかった。
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