そう見送るのだめの顔は、笑いながら、だけど泣き出しそうな顔だった。
……二人はのだめと別れ、搭乗者ゲートに向かう。たったの一週間。たった、それだけ。そう自分に納得させる。
が、裏腹に足が動いていた。
「…ちょっと、千秋?!」
「そこで待っててください!!」
振り返りながらそう言うと、千秋は駆け出した。
のだめを追いかけ、その背中を見つける。
「のだめ!!」
「えっ?!センパ……」
振り返ったその手を取り、抱きしめながら口づけた。
バニラの香りが広がる、一瞬の甘い口づけに酔いそうになる。
出来る事なら、このままつれて、そばに置いておきたい。自分だけの物に、誰の目にもさらすことなく。
「センパイ……」
でも、それは出来ない願いだと言う事を、千秋は重々わかっている。「一週間で帰ってきたら、後はしばらくこっちにいられるから……」
いつからか、気づいていた。
一人の女として、のだめをつなぎ止めたい自分と、ピアニストとしてのだめに羽ばたいて欲しい自分とがいる。
……いつか、羽ばたいてしまっても、自分の所に帰って欲しいと願うのは、エゴだろうか。
「……ハイ。待ってマス……」
もう一度、キスをした。今度は、少しだけ深く、長く。
「飛行機、頑張ってくださいネ」
名残惜しく搭乗者ゲートへ向かう二人の手は、しっかりと絡められていた。
「うん。……お前がお守りくれたから、多分大丈夫」
そう言うと、優しく微笑んで千秋は胸元に手を添えた。
「お守り?……そんなのあげましたっけ?」
「……じゃあな」
「行ってらっしゃーい」
今度は、いつもの笑顔が千秋を見送った。
搭乗ゲートの向こうでは、やっぱりシュトレーゼマンがニヤニヤしていたが、そんな事はもうどうでも良かった。
「あらー、千秋。口紅がついてますヨ~」
「フン!もう何とでも言えばいいですよ……」
唇を舐めると、再びバニラの香りが口の中に広がった。
それは、のだめの唇の余韻を感じさせ、千秋の心を甘い思いでいっぱいに満たしていく。……羽ばたいてしまったら、また捕まえに行けばいい。
どんなに逃げていっても、絶対に捕まえてやる。
「じゃ、また一週間頑張りましょう。楽しい音楽の時間ですヨ」
「……よろしくお願いします!」
千秋は再び、機上の人となった。
━━━━━終わり
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