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灯台の、ほのかな灯りの中で、私は宴の気配を全身で聴いていた。
来る、来ない、来る、来ない。 幼い頃、夕霧と興じた花占いを思い出す。あの頃は良かった。何も思い惑う事などなかった。 懐かしく思い返していると、部屋の外で話し声がした。 「一夜の仮宿じゃ、頼りないなぁ」 柏木のお兄様だった。 「馬鹿言わないで。私は疲れた旅人なんだよ。長い旅をして、ようやく帰ってきたんだから。早く部屋に案内してくれないか。」 …来た…! 記憶にあるのより低かったが、聞き間違えようもない。夕霧の声だった。 声は、私の部屋の妻戸の前で止まる。 「ふふふ。知ってるよ。からかって悪かった。さあ、ここだよ。…ごゆっくりどうぞ。」 一人分の足音が遠ざかり、かちり、と妻戸が小さな音を立てる。 咄嗟に私は背中で妻戸を押さえつけてしまった。 「…雲居の雁!?」 「いや!来ないで!」 「なぜ怒っているの?私は…私は、今日の日を夢見て今まで」 「どうしてこんなに時間がかかったのよ!」 「それは、君にふさわしい男になってから…」 「違うわ。私が官位など気にしていないの、知っていたくせに。忍んで来てくれても良かったじゃない。あなたは、あなたの自尊心ばかり大切にして…!私の気持ちなんて、考えもしないで…!」 違う。違う。本当はこんな事、言いたいのではない。 しかし、今までの不安と、来てくれた嬉しさなどが涙と共に一度に溢れ出し、私は支離滅裂なまま夕霧に言葉をぶつけてしまった。 「…ごめん。」 「夕霧…。」 「ごめん。悪かった。待たせた事も、君の気持ちを考えてなかった事も。でも、私の気持ちが変わってないことだけは、信じて。…ここを開けて。」 私は、妻戸から離れた。ゆっくりと扉が開く。 泣き顔を見られたくなくて、私は几帳の陰に隠れようとしたが、夕霧の方が一足早かった。素早く妻戸の隙間から滑り込み、背中を捉えられる。 大きな、暖かい袖の中に、私は後ろからすっぽりと包み込まれた。 「捕まえた…」 胸が詰まって、言葉が出ない。 「長かった。何度も夢に見た。忘れられたらどんなに楽かと思ったけれど、それもできなかった。」 腕を緩め私の正面に立つと、夕霧は私の頬にそっと手をあて、顔を覗き込む。 「顔、よく見せて。…綺麗になったね。あの頃はふっくらしていて、可愛らしかったけれど。少し痩せた?」 「やつれたかもしれないわ。あなたの事で、たくさん気を揉んで、泣いたから…」 気恥ずかしくてまともに夕霧の顔を見られず、怒ったふりをして横を向くと、夕霧はくすくす笑った。 「ふくれると、昔どおりだ。」 「なんですって!」 「…やっとこちらを向いてくれたね。そうそう。あなたは、少しぷんぷんしているくらいがちょうどいい。生き生きとして、魅力的だよ。」 熱っぽく話す夕霧の瞳に捉えられ、もう目がそらせなくなる。 PR |
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